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辛旨トーク

五代友厚 VS 坂本龍馬

先日、逝去された續節子さんの里は高知で坂本龍馬の故郷でもある。その故郷の誇りのはずの坂本龍馬の事を地元高知の人は良く言う人もあれば、単なる遊び人と悪く言う人も居る。 小説家 司馬遼太郎の小説 やNHK大河ドラマ”龍馬が行く”で一躍脚光を浴びた歴史的ヒーローであった坂本龍馬であるが、坂本龍馬が考えたとする”船中八策”やその他のアイデアは実は五代友厚が考えたものでは無いかと僕は思う。坂本龍馬はその人間的魅力と豪放磊落さで薩長同盟を演出した事は事実であろうが、海外遊学の経験もない龍馬が欧米並みの商社や会社組織について閃くとは考えにくい。実は龍馬は欧米の社会情勢に詳しい五代友厚から聞き及んで、性急にその実行を行おうとしたのだが暗殺された。その龍馬を大いなるフィクションを交えて歴史的ヒーローとして担ぎ出したのが司馬遼太郎であった。一方、同世代の五代友厚は武士の出ながら、グラバーと組んで武器貿易を行う等の現実主義者であり、現大阪商工会議所の創立者だったり共同汽船設立の立役者で岩崎弥太郎率いる日本郵船と激烈な価格競争を行う等、大阪財界の中心人物だったのだが、北海道開発会社を常軌を逸する低価格で払い下げたと福沢諭吉等の知識人から糾弾され夢半ばのまま失意のまま逝去した。五代友厚が居なかったら日本は欧米諸国の植民地になっていたかもしれない程の功労者なのに何故歴史の中に埋もれて来たのか? 功績の大きさは五代友厚が100なら坂本龍馬は20位なのにどうして? 本来ならNHKが取り上げる前に、もっと歴史的な脚光を浴びてしかるべき逸材なのに、奸臣の汚名のまま長らく来てしまった。先般、大阪にある五代友厚の大きな墓所を訪ねたのだが本来叙勲は勲1等だろうが勲3等であった。やはり大阪では高く評価されながらも、日本全体でみれば晩年の汚点?の為にあまりに低く評価されて来たのではないか? その五代友厚のキャッチフレーズがファーストペンギン。クワンチャイもタイ料理界のファーストペンギンとして日本のタイ料理界のパイオニアとして邁進していきます。

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