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辛旨トーク

僕は元 車椅子のシェフ

僕はクワンチャイを始めた頃、10㎏位のまな板を右足の上に落として親指と人差し指の骨を複雑骨折しました。まな板を落とした時は、目に星はチラチラと浮かびましたが、痛みをこらえて調理を続け、夜になって酒でも飲めば痛みが治まると甘く考えて寝て朝目を覚ましたら僕のバンビの様な右足が象の様な足に変貌していました。慌てて近くの外科病院に連絡したら直ぐに来る様にとの事。病院には左足でアクセルとブレーキを踏み分けて到着。お医者さんにはどうして救急車で来なかった?重症患者なのに考えられない?!と大目玉を喰らいました。さてレントゲンを撮ってもらうと右足甲から指にかけて複雑骨折と判明。直ぐに手術を行い腫れが治まってギブスを装着する羽目になりました。さて僕の右足は昔から災難の連続でした。テニスコーチをしているころボールを踏んで靱帯損傷。いつも冬場になると疼痛になり好きなスキーからも縁遠くなってしまいました。次に政治家の接待ゴルフでカート道を踏み外し(どこかの学園みたいにビジネスの道を踏み外したのではありません)側溝に右足を踏み入れ再度の靱帯損傷・一部断絶。そのままロープを足に巻いて裸足でプレーを続行(肩の力が抜けたのかその後パープレイでした えっへん)。プレー終了後ゴルフ場の風呂に入ったら足が3倍位に腫れて見るも無残な姿に。その後治療はしましたが慢性的な疼痛が続く羽目になりました。そしてまな板落下で右足を避けきれず重症を負ったわけです。その後ギブスを5~6か月つけて歩行する羽目になり、数カ月は歩くのもままならず車椅子の世話になりました。ですから大口のパーテイ等が入ってコック不足の時は車椅子で厨房に入り作業をしていました。さてこの右足のせいで好きなバイクも乗れず、疲労すると足を引きずる様になってしまいました。一部神経が断絶したままなので怪我をしても痛みを感じない時もあり、厄介なものです。大好きだったジェットスキーや水上スキーとは疎遠になってしまいました。(カートもあるのでゴルフ位は出来ると将来現場を離れる時期を楽しみにしていますし、スイミングもできます)。さて僕のビジネスの大恩人、ダイワハウス創業者の石橋信夫さんは満州で馬車に足を轢かれハンデイキャップでしたが土地を見る時は縦横無尽に動き回っておられましたし、情熱ホルモンの社長も生まれつきのハンデイキャップと聞いています。事業で大成するには一部位、五体不満足な方が、制御も利いて、反骨心も育って、弱点のある人の気持ちも判って却っていいのかも知れません。

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